View Full Version : イスラームにおける 審判の日とは


ahmed
03-13-2008, 10:51 AM
イスラームにおける
審判の日とは


キリスト教徒と同じように、ムスリムは現世が永劫の世界に入るための試練であると信じている。 各人にとって、現世での生活は死後の世界のための試練の場である。 全宇宙が破壊される日がやってくると、死者が神の審判を受けるために復活させられる。 この日は永遠の生のはじまりになる。 この日こそが最後の審判の日である。 この日には、あらゆる人びとが信仰と行いによって神から報奨を受ける。 「神の外に真の神はなく、ムハンマドは神の使徒(預言者)である」 と信じて死んだ者はムスリムであり、その日から永遠に天国に入れられる。神は仰せられた。


そして信仰して善行に勤しむ者は楽園の住民である。その中に永遠に住むのである。 (クルアーン 2:82)

しかし 「神の外に真の神はなく、ムハンマドは神の使徒(預言者)である」 ことを信じないで死んだ者は、ムスリムではない。彼らは永遠に楽園に入ることはできず、地獄に送られる。神 は仰せられた。

イスラーム以外の教えを追及するものは、決して受け入れられない。また来世においては、かれらは失敗者の類 である。 (クルアーン 3:85)

また次のように仰せられた。

信仰を拒否する不信心者として死ぬ者は、たとえ大地に満ちるほどの黄金でその罪を償おうとも、決して受け入 れられない。 これらの者には痛ましい懲罰があり、助ける者もいない。 (クルアーン 3:91)

「イスラームはよい宗教だと思うが、イスラームに改宗すると、家族や友人や他人が私を迫害し、笑いものにす るであろう。 もしイスラームに改宗しないままでも、天国に入ることができるのだろうか。地獄から救われるの だろうか。」

その答えは神が上述の節で仰せられている。 「イスラーム以外の宗教を追求する者は、決して受け入れられない。また来世においても失敗者の 類である。」

預言者ムハンマド が人びとにイスラームを布教するように命じられた後、神はイスラーム以外の宗教に固執すること を認めない。 神は我々の創造者であり、維持者であられる。 かれはこの地上にあるものすべてを我々のために創られた。 我々が手に入れる恩恵と善きことはすべて神のおかげである。 そのため、神、預言者 、イスラームの宗教を信じようとしないものは、来世で罰せられる。 実際に、我々が創造された第一の目的は、神だけを崇め、かれに従うことである。神は聖クルアーンの中で仰せ られた。 (51:56)

この世での人生は非常に短い。 審判の日、不信心者は現世での生活をたった1日か数時間のように思うであろうと、クルアーンに書かれている 。

かれ(神)は仰せられよう。「あなたがたは、地上に何年滞在していたのか。」 かれらは申し上げよう。「私たちは一日か、一日の一部分を滞在していました .... (クルアーン 23:112-113)

するとかれは仰せられた。

あなたがたは、われが(目的もなしに)戯れにあなたがたを創ったと思うのか。またあなたがたは(来世で)わ れに帰されないと思っているのか。 神は、尊く気高い、真実の王者である。 崇められるべきものはかれの外にない... (クルアーン 23:115-116)

来世での生活こそが真の生活である。 そこでの人生には魂も肉体も伴っている。

預言者ムハンマド は現世と来世を比べて申された。 {この世での価値を来世の価値と比べると、ちょうど指を海の中に入れてそれを取り出すようなもの である。 }1 すなわち、来世の価値と現世での価値を比べると、まさに大海と数滴の水のようなものである。


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脚注:

(1) Saheeh Muslim[サヒーヒ・ムスリム] #2858及び Mosnad Ahmad[モスナード・アハマド] #17560の伝承。